歴史の彼方から

「街道をゆく・長州路」④最終回・忍びぬまま

吉田松陰が主宰した松下村塾の塾生で、松陰自ら4人の俊秀として挙げたのが、高杉晋作、久坂玄瑞、吉田稔麿、入江九一である。 彼らは全て明治維新を見ることなく死ぬことになり「革命では第一級の人物が非業の死を迎え二級の人物がその果実(権力)を得る」…

蘇鉄(そてつ)あれこれ

毎朝歩く健康公園は数ヵ所に大きな蘇鉄がその存在感を見せている。 蘇鉄を見るとつい口ずさみたくなる歌がいくつかあるが、考えてみると当たり前でみな南の歌である。・三沢あけみさんが唄った「島のブルース」♪︎♪︎奄美なちかしゃ 蘇鉄(そてつ)のかげで 泣け…

北条政子の歴史を変えた大演説②

6月25日の続き主だった東国武士、鎌倉御家人を集めた北条政子の演説のポイントはおよそ次の通りであった。・故右大将頼朝が朝敵を征伐し関東(鎌倉幕府)を草創して以降、御家人達は「官位」「俸禄」も手に入れた。 その恩は山より高く海より深い。その恩に…

「播磨百人伝(はりまひゃくにんでん)」

駅前に用事がありマイクロバスで出掛けたが、時間調整もあり先日借り出しカードを作った図書館に寄った。 引っ越した地域の歴史などがわかる本がないかと探して借りたのが、寺林 峻 著「播磨百人伝」神戸新聞総合出版センター刊である。 私の新住所・神戸市…

「街道をゆく・長州路」③奇兵隊

6月24日の続き長州人に関わる司馬遼太郎さんの「長州路」の記述を抜粋していく。司馬さんが山口・湯田温泉を訪ねた時の話。『長州は奇兵隊の国である。「何か民謡をやってくれませんか」とTさんが芸妓(ネエサマ)にたのんだ。ーーー 出たのは「男なら」と…

北条政子の歴史を変えた大演説①

現在放送中のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では小池栄子さんが頼朝の妻で北条義時の姉に当たる北条政子を演じられている。 (正直に云うと私はこの番組の熱心な視聴者ではないのです)政子は頼朝亡きあと実子である二代将軍頼家(よりいえ)、三代将軍実朝(さ…

「街道をゆく・長州路」③怜悧(れいり)とは

6月19日のブログの続き、長州人に関わる司馬遼太郎さんの「長州路」の記述を抜粋する。【幕末になると水戸(藩)あたりでは、「長州人は怜悧という評判があり、うかつに手を結べない。結べばかんじんなところで体(たい)をかわされるおそれがある」という観…

厚狭毛利家代官所日記㉜文久3年(1863)③

6月15日のこのブログ番外編で書いたように文久3年5月10日攘夷(じょうい・外国船討ち払い)実行期日に、下関での実行責任者であった厚狭毛利家当主・毛利能登はその不手際をとがめられ謹慎処分、後任には厚狭毛利家嗣子・宣次郎が就いて攘夷戦の指揮を…

「街道をゆく・長州路」②「しあわせます」

6月17日のブログの続き、司馬遼太郎さんの「街道をゆく・長州路」のなかから、私も何かしら感じるところがあるふるさとの長州人を表した部分を何回かに分けて抜粋していく。『ーーー山口県というのは自然がまろやかで、気候は温和であり、お行儀や言葉づ…

「街道をゆく・長州路」①

最近NHKTVで作家・司馬遼太郎さんの長大な紀行作品を原作にした「街道をゆく」が再放送されている。 司馬さんが1971年から1996年にかけて国内外を旅してその歴史や風土、人の生き方などを縦横に書いて週刊朝日に連載、全43巻が刊行されたものをベ…

映画「いのちの停車場」

住んでいる施設の映画会で2021年公開の日本映画「いのちの停車場」を鑑賞した。 主演が吉永小百合さん、東京で救急救命医のリーダーとして働いているなか医療事件の責任をとり故郷の金沢に帰る。そこで畑違いの地域の訪問・看取り医療と出合い「まほろば…

厚狭毛利家代官所日記㉛文久3年(1863)番外編・光明寺党

厚狭毛利家第9代毛利能登(元美・もとよし)が長州藩の攘夷(じょうい)・異国船打ち払い責任者・赤間関(下関)海防総奉行として藩士を率いて着任した文久3年4月と同時期、松下村塾門下で高杉晋作と双璧といわれた久坂玄瑞(くさかげんずい)がいわゆる尊皇攘夷…

「日本人として知っておきたい琉球・沖縄史」

原口 泉著「日本人として知っておきたい琉球・沖縄史」PHP新書 を読み終えた。 用事で駅前へ出た折、帰りのバスの待ち時間が小1時間生じてしまい、さてどうしようか? こういう場合私の行動パターンは大体2つに集約される。 ①近くの喫茶店でコーヒーを、 ②…

厚狭毛利家代官所日記㉚文久3年(1863)②

幕末文久3年の長州藩と云えば、6月に高杉晋作が百姓町人も入れた奇兵隊を結成した年であり、如何にも身分制度が崩れかけているようにも見えるが、実際には激動の中でも厳然と身分制度が存在していた事を示す事例が、厚狭毛利家領内の民政記録・代官所日記…

長府人・乃木希典③厚狭に残る父親のエピソード

乃木将軍の父親・乃木希次(まれつぐ)は長府藩の藩医であったが弓の達者などを見込まれ、武臣である馬廻り役に取り立てられた。 その後紆余曲折を経て藩主一門の礼法指南役や藩校講師などを勤める。私のふるさと厚狭は、その大部分が萩毛利藩家臣としての厚狭…

長府人・乃木希典②

雑誌「文藝春秋」では昨今の世評に応え皇室に関する色々なことが記事になっているが、今年の2月号では「天皇を鍛えた男たち」という題で元宮内庁書陵部の職員・米田雄介氏が天皇となる方へのいわゆる「帝王教育」の歴史などを書かれている。その中に乃木将…

長府(ちょうふ)人・乃木希典(のぎまれすけ)①

日露戦争の旅順要塞攻略戦を指揮した乃木将軍は唱歌「出師営(すいしえい)の会見」に唄われたり、明治天皇が崩御された折りに殉死したことなどで知られた明治人である。明治陸軍に君臨した山県有朋などとの繋がりで長州閥の一員に数えられるが長州藩の出身で…

映画「ひまわり」

住んでいる施設での映画会で1970年に日本で初公開されたイタリア映画「ひまわり」を初めて見ることになった。何かの映画を視た際に予告編として出てきた微かな記憶があり、あの一度見たら忘れそうにないソフィア・ローレンの顔と一面ひまわり畑の印象が…

陸奥宗光と青木周蔵

NHKBSの歴史番組「英雄たちの選択」で今回録画して視たのは「不平等条約を改正せよ!陸奥宗光の外交戦略」と題したもので、明治新政府の宿願であった、幕末に結ばれた英米など列強との不平等条約の改正を成し遂げた外務大臣・陸奥宗光の物語である。陸奥宗光…

河内から兵庫へ、楠木正成のことなど

長く住んだ大阪の河内・八尾から兵庫県神戸市西部(旧播磨国・はりまのくに)に移り住むことになった。 大阪府は旧国名で云うといわゆる摂河泉(せっかせん)三国の摂津、河内、和泉になるが特に河内国一帯の古くからの拠り所としては「河内音頭」と「楠公(なん…

厚狭毛利家代官所日記㉘文久2年⑩石炭採掘のトラブル

ふるさと厚狭を含む山口県の西部一帯は炭鉱が多くあった地域で、藩政時代からの石炭と厚狭との関わりについては、このブログに2020年8月26日、8月30日、9月3日の3回、「ふるさと厚狭の石炭」と題して書いてきた。石炭など鉱業の開発には公害騒…

「英雄を歩く」

安部龍太郎著「英雄を歩く」日本実業出版社刊 を読み終えた。 安部龍太郎さんは現在日経新聞に阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)や吉備真備(きびのまきび)たち遣唐使の物語「ふりさけみれば」を連載中で、阿倍仲麻呂がついに帰国がかなわず異国に骨を埋めることに…

厚狭毛利家代官所日記㉗文久2年⑨激動の前触れ

隣国の眠れる獅子・清が英国に完敗したアヘン戦争(1840~42)は我が国の海防意識を一挙に高めたが、3面を海に囲まれた長州藩でも例外ではなく大調練(軍事演習)を行う等海防体制に注力していく。厚狭毛利家は要衝・下関に給領地が近いため、早くから下…

厚狭毛利家代官所日記㉖文久2年⑧無宿人の悲哀

江戸時代の戸籍は、キリシタン禁制目的も兼ねて寺毎に檀家、壇徒(門徒)の名簿を作り宗門人別改帳(しゅうもんにんべつあらためちょう)と呼ばれるものが用いられた。通常出生から死亡までこの人別改帳に載ることになるが、 飢饉(ききん)や親からの勘当等で故郷…

日常(日乗)・今年のバレンタインなど

神戸市垂水(たるみ)に用事がありこちらは夫婦2人で電車で西へ、娘は車で倉敷から東へ来て合流した。 用事を済ませ娘の車で大阪まで帰って来た。帰途、須磨浦(すまうら)の辺りを通る事になるが、標識で須磨を見た途端に母親が好きだった唱歌「青葉の笛」が耳…

「天正伊賀の乱(てんしょういがのらん)」

「天正伊賀の乱」とは織田信長の天下布武が見え始めた天正期(1573~)に織田勢力が伊賀国(いがのくに・三重県)を攻めた戦乱である。 伊賀は山あいの小国で戦国大名の支配外にあり地侍集団が治めるいわば自治の国であった。この地侍集団がいわゆる忍びの者…

太融寺(たいゆうじ)・淀殿(よどどの)の墓

北川 央(きたがわひろし)著 「大阪城ー秀吉から現代まで50の悲話」新潮新書 を読み終えた。 著者は大阪城天守閣の学芸員を長く勤め現在は館長とのこと。 題名にある通り秀吉時代から現代まで大阪城に関連するエピソードや事件などの裏話の小編を50話まと…

ふるさと厚狭・鴨庄(かものしょう)②

◎本題前に、昨日のアイスホッケー・スマイルジャパンのチェコ戦、ハラハラドキドキながら勝ち切り予選1位通過、素直に嬉しい!2月5日のこのブログの続き私のふるさと・厚狭鴨庄について下鴨神社資料館館長の方からご教示頂いた内容の整理要約は以下の通り…

英雄たちの選択「信長最大の敵・大坂本願寺」

戦国時代が終わりを迎えようとしている時期、天下統一を目前にした織田信長と大坂石山に本拠を構えた一向宗(現在の浄土真宗)の本山・本願寺第11代門主(もんしゅ)・顕如(けんにょ)との戦いは今まで色々な歴史家や小説家がそれぞれの切り口で分析調査し発表…

「鎌倉殿の十三人」余話として・佐(すけ)殿

NHKの大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」では伊豆国(いずのくに・静岡県)に流された源頼朝のことを、北条氏一族や、関東の武士達がしきりに「佐殿(すけどの)」「佐殿」と呼び立てる。これは頼朝が流人(るにん)になる前に朝廷の官職・右兵衛権佐(うひょうえごんの…