歴史の彼方から

中断中のひとりごと④古地図を片手にまちを歩こう

このブログを抜粋して本にするため故郷厚狭に帰省し写真を撮り直そうと思っていたところ、ネットの情報で、厚狭の旧跡を古地図を片手に巡っていくイベントを知り、訪ねる箇所が私が写真を撮りたい箇所と重なることが分かり、申し込んで参加してきた。ベース…

中断中のひとりごと③適塾塾生桑原氏の墓

このブログ日記から抜粋して本にするため、この際、ふるさと厚狭の写真を取り直そうと一泊二日で厚狭に来ている。この機会に、史料に記載があるものの未だ見ぬ史跡などにも当たって見ようと考えていたが昨日、厚狭の象徴のひとつ物見山の護国神社で出会いが…

厚狭毛利家⑰文書のその後/ブログの一時中断

◎今年3月20日、365話目になる節目のこの日記に厚狭毛利家文書のことも含めて書いた。この文書には初代毛利元康関係の貴重な書状の他、厚狭毛利家の「萩屋敷での日記・御用所日記」や「厚狭屋敷の日記・代官所日記」等がありその一部は第28集(200…

「十津川郷士」

京の都の周辺近畿地方には、丹波国(京都府)山国郷(やまぐにごう)の「山国隊」、山城国(京都府)小野郷八瀬庄(やせのしょう)の「八瀬童子」(やせどうじ)など深い奥山の里に生きる、天皇家や時の権力と繋がりがある不思議な集団が存在した。 「八瀬童子」は現在…

弓削(ゆげ)神社

私の住む八尾市は旧河内国で、生駒~信貴山と連なる山々を越えると奈良大和盆地であり、古くから拓けた土地である。今日の朝の「歩き」はぎっくり腰の様子を見つつ、家から1.5km位の普段は通りすぎるだけの「弓削(ゆげ)神社」を往復してきた。この辺りの…

「信長公記」

「現代語訳・信長公記」太田牛一著、中川太古訳 (株)KADOKAWA刊を読み終えた。 著者の太田牛一は織田信長の側近家臣で慶長15年頃(1610)にこれを著したとされ現時点での評価では、私が講義を受けている笠谷教授を始め、織田信長一代を同時代人が詳細に…

「漢詩の扉」捲土重来(けんどちょうらい)

漢詩について、漢字だけが羅列された原詩を充分理解できるほどの素養は持ち合わせていないが、日本語に落とし込んだ読み下し文でなら、中国古代の人から日本人の作ったものまで作者の心の内を垣間見得る。漢字文化は東アジアに広く分布するが、言葉は分から…

商いの町・大阪の侍たち

つい最近今年7月出版された籔田 貫(やぶたゆたか)編著「大阪遺産」清文堂出版刊を読んでいる。(現在進行形) 私の住んでいる大阪の文化的歴史的遺産について、色々な角度から事例や研究内容が挙げられている非常にローカル色が強い本と言える。 編著者は関西…

ふるさと厚狭の石炭③

〈8月30日ふるさと厚狭の石炭②の続き〉 昭和の時代に入ると家庭用練炭(れんたん)が普及し始めこれの原料としての需要から昭和7年埴生(はぶ)炭鉱が再開、昭和12年には旧野上炭鉱が生田(いくた)炭鉱として再開した。日中戦争が始まると石炭は産業エネル…

「日本遥かなり」在外邦人救出問題

「日本遥かなり・エルトウールルの奇跡と邦人救出の迷走」門田隆将著、PHP研究所刊を読み終えた。 このノンフィクション作品は 1985年 イラン・イラク戦争でのテヘラン脱出 1990年 湾岸戦争での「人間の盾」からの帰還 1994年 イエメン内戦からの…

ふるさと厚狭の石炭②

〈8月26日ふるさと厚狭の石炭①の続き〉明治2年4月長州藩石炭局は吉田宰判(よしださいばん、長州藩内西部の行政区画)内の石炭確保に乗りだした。厚狭・郡村荒草(こおりむらあらそう)由田ヶ浴石炭山、同百合野石炭山、及び山川村下村石炭山の3ヶ所が対象…

奈良でのゴルフと周辺のあれこれ

昨日は近所の同世代4人で奈良の大和郡山市街を見下ろす高台にあるゴルフ場へ親睦ゴルフ行。 この辺りは「本能寺の変」後に明智光秀と羽柴秀吉が戦った山崎の合戦の折りに、「洞が峠」で日和見をしたとして歴史に不名誉な名を残した筒井順慶の地盤で、筒井の…

「武士たちの作法」会津と長州

作家中村彰彦氏の「武士たちの作法・戦国から幕末へ」光文社刊を読み終えた。 著者の「あとがき」を読むとが歴史小説を書くために集めた史料をもとにした歴史エッセイ・史論集との事である。 中村氏は会津藩祖・保科正之を題材にした作品を多く手掛けられ、…

ふるさと厚狭の石炭①

山口県は地下資源である石炭に恵まれた地域で大嶺炭田や宇部小野田炭田など主に県の西部を中心に炭鉱が開発され明治以後の産業発展に大きく貢献してきた。私は厚狭の山川地区にある厚狭中学校に通ったのだが、その通学路は所々陥没した蓮沼になっており雨が…

厚狭毛利家⑯五代目元連(もとつら)の失脚

長州藩では幕末、実質100万石と言われたその経済的基盤もあって雄藩としての飛躍に至るのだが、藩政の初期は関ヶ原敗戦の後始末や、貨幣経済の発達に米穀基本の体制が追い付かないこと等で常に財政は窮迫状態にあった。この窮迫状態から抜け出すために諸…

タイの反政府集会報道に思う

7月以降断続的に続いているタイの反政府集会で最近、王室の改革を求める声が出ているとの報道に接している。 現役時代タイに駐在していた時に見聞きしたことや、その延長でタイの政治・経済に興味を持ち続けている立場からすると 「とうとうそこまで来たか…

大阪中之島で織田信長を学び直し⑥長篠の合戦

昨日は中之島の朝日新聞社フェスティバルタワーでの笠谷和比古教授の講座「織田信長の政権と本能寺の変」の6回目を受講した、今回のテーマは「長篠の合戦」 云うまでもなくこの戦いは、織田・徳川連合軍が武田信玄の後継者、武田勝頼に大量の鉄砲を使用して…

ふるさと厚狭の教育事始め④厚狭中学校

8月15日のこの日記に厚狭(あさ)小学校の事を書いたので、やはり続いて厚狭中学校の事を書いておかなければならない。私は昭和40年(1965)の厚狭中学校卒業生で手元にある卒業アルバムを見ると同年は10組、442人の大人数だった。 アルバムから転…

「明智光秀の生涯」

織田・豊臣時代に関する著作を中心に活動されている諏訪勝則著「明智光秀の生涯」吉川弘文館・歴史文化ライブラリーを読み終えた。 NHK大河ドラマの影響で最近この明智光秀が色々なところで取り上げられているが、私個人としては例年発生する大河ドラマブー…

ふるさと厚狭の教育事始め③厚狭小学校

私は山口県旧山陽町(現山陽小野田市)立厚狭(あさ)小学校の昭和37年(1962)の卒業生である。当時の小学校は厚狭殿町(とのまち・厚狭毛利家の居館がこの地にあり付近をこう呼んだ)にあり生家のあった鴨庄(かものしょう・京都賀茂神社の荘園であったことか…

ベイルートの爆発事故とレバノン

レバノンの首都ベイルートの港湾地区で、爆発物原料と見られる多量の物質の爆発事故が発生し、多くの犠牲者が出ていることが連日報道されている。政治の対応遅れに反政府デモも発生しているようで、何より早期の負傷者、被害者の救済が必要だが、その報道の…

岡山みやげ柚餅子(ゆべし)のことなど

我が家に下宿中の2番目の孫が岡山に帰省する為、孫の引き取りと早い墓参りを兼ねて娘がやって来た。 先ず仏前にお供えとお参り。この機会に近所に下宿中の1番上の孫も来て久しぶりの賑やかな夕食で、孫の食欲にまたまた圧倒されてしまった。たまたま(また…

ふるさと厚狭の教育事始め②寺子屋その他

藩政時代に庶民に教育を施したのは寺子屋である。1教室1教師、生徒は普通2~30名程度、その能力や年齢もまちまちで、複々式能力別の教育になっていた。 生徒の内約4分の1が女子といわれる。史料を見ると厚狭(旧山陽町内)には27を数える寺子屋があり…

ふるさと厚狭の教育事始め①/炎天下の辛抱ゴルフ

よく知られているように藩政時代の教育は武士階級を中心にして実行された。 多くの藩で藩校が設立され藩士の子弟が教育を受けたが、長州萩藩でも藩校明倫館がその役目を負った。これにならい長州藩内では、一門や大身の藩士の中にも学館を設ける動きがあり一…

アラビアのロレンス

NHKBS TVで映画「アラビアのロレンス」を録画して観た。 この映画を観るのは劇場とTVで併せると4~5回になるかもしれない。 観る度に砂漠の映像が美しさと、厳しさの両面から迫ってくる3時間45分の超大作である。兎に角スタッフや出演者に、すごいメン…

左衛門尉(さえもんのじょう)あれこれ

中学校の同級生からの頼まれ事で、家に伝わる系図の写しの内、遠い先祖について書かれてある来歴を読んで欲しいとの事であった。読んでみると、このご先祖は歴代中国地方の大々名・大内家の家臣とのことで、重臣陶晴賢が、主君大内義隆に謀反を起こして殺害…

李登輝氏の訃報

数日前より容体の悪化が伝えられていた台湾の元総統・李登輝氏が亡くなられたとの報道に接している。あまり政治的なことには関わりを持たないが、外国人のなかで尊敬する人物の一人だった。 当時の京都帝国大学の出身との事だが、日本の歴史や文化にも造詣が…

明治のふるさと厚狭①厚狭駅の開業と日本海海戦

昭和懐メロの定番のひとつに「ああ上野駅」という井沢八郎さんが唄った歌があり「♪上野はおいらのこころの駅だ♪」と唄われるが、私にとってのこころの駅は山陽本線厚狭駅になるだろう、帰省の度にここに降り立つ。 現在の厚狭駅 明治時代になると新橋~横浜…

ふるさと・厚狭の特産「赤間硯」の歴史

私の子供時代、多分昭和30年代頃だと思われるが、山陽本線と美祢線の駅である、国鉄厚狭駅の切符売場の近くに厚狭特産品コーナーとしてガラスのショーケースが置かれ、その中に紫色の「赤間硯」(あかますずり)が名札と共に陳列されていた記憶がある。 ☆ち…

子母澤寛「幕末奇談」

1967年に亡くなられた作家・子母澤寛氏は幕末に材を採った作品を多数手掛けられ、勝海舟親子を描いた「親子鷹」「勝海舟」「おとこ鷹」や新撰組の事績を丹念に収集した「新撰組始末記」「新撰組遺聞」「新撰組物語」はベストセラーになった。特に新撰組…