「幕府」とは何か・武家政権の正当性

東島誠(ひがしじままこと)著『「幕府」とは何か・武家政権の正当性』NHK出版 刊を読み終えた。

然しこの本を読み終えるのにはここ数年例が無いほど難儀した。2~3度途中で止めようかと思ったがヘトヘトでたどり着いた気がしている。

その訳は、あらゆる箇所で関連する他者の著作や論文を挙げて是非を論じて止まらないからで、否定だけでなく肯定や称賛があるのでまだ救いがあるが、読者はあちこちに目を配らなければならず大変である。まあそれだけ縦横に論じて中身があると好意的解釈が出来るのかも知れない。

著者は「はじめに」のところでこの本のことを以下のように説明している。

「戦争や謀殺に明け暮れた武士の世界についての歴史的事実を、ただひたすらに細密に描こうとする従来の歴史書とは違って、武家政権はどのように支配の正当性を確保しようとしたか、を中心的課題として論じる」

著者はこの場合の「正当性」を、「政権の黎明期や危機に直面した場合に於ける社会に対する善き政治を行うこと」という意味で使用している。

取りあげている対象は・平家政権、・鎌倉幕府、・足利将軍家、・織豊政権、・江戸幕府、と中世以降の殆どを網羅しており、内容を書き出すとキリがないが、ここでは順不同で、従来からの理解を改め私個人の新しい知見になった点を書き出しておくことにした。

源頼朝が築いた東国の政権いわゆる鎌倉幕府は、あくまで天皇を頂点とする国家の一部門に過ぎないという考えと、朝廷を中心とする王朝国家とは別のものすなわち二つの王権は存在したとする説の二大学説がある。

平安時代の京都は大消費都市で、地方からの流通が途絶するとすぐに飢饉が発生する脆弱な都市であった。大荘園領主の集住する京都周辺で財産保全の為武力が必要になりこれが京武者(源氏、平氏など)であり、これを実現できるものが権力のトップに上り詰めることが可能になる。

義経が京で検非違使(けびいし・京の警察組織)に就任することが頼朝の不興を買い両者が決裂したとする通説は誤りで、検非違使任官は頼朝にとっても既定路線であった。

・信長の「天下布武」に見える「天下」とは日本全国を指すのか、畿内なのかという論争があるが、「天下」とは水平ではなく垂直型概念であり日本の主権のことである。

・信長の中国出兵に際し、明智光秀近江国丹波国から出雲国石見国への国替えを命ぜられた左遷により本能寺の変に繋がるという説があるが、石見には石見銀山がありこの国替えは左遷ではない。

🔘今日の一句

 

懐メロを海に向かいて寒復習(かんざらひ)

 

🔘施設介護棟の庭、シオンの仲間と思われるが似たような種が沢山有り自信がない。季節柄少しだけ咲いている。