中断中の独り言⑨四十雀(しじゅうから)がしゃべる

鳥のことは詳しくないので、四十雀と聞いて思い浮かぶのは倍賞千恵子さんが唄った映画「同胞(はらから)」の主題歌「ふるさと」の歌詞にある、

♪︎♪︎けやきの梢と 「しじゅうから」
庭の陽だまり 水たまり♪︎♪︎

くらいだが、雀と同じくらいの大きさで日本では人が住む領域以上に広く生息しているとのことで、検索してその写真を見ると白と黒の模様があり、どこかで見かけた気がする。

個性派俳優の石丸謙二郎さんは現在のNHK朝ドラ「ちむどんどん」で主人公の伯父さん役で出演し、石丸さんらしい損な役回りを演じている。

以前にもこのブログで触れたことがあるが、この石丸謙二郎さんが進行役・マスターを務める「山小屋のテラスで山や森を眺めながらコーヒーを楽しむ朝のひととき」というキャッチフレーズの、土曜日朝NHKラジオの山番組「山カフェ」はスマホアプリの聞き逃しサービスを利用して「歩き」の際に聞くことが多い。

今回のゲストは若き動物行動学者の鈴木俊貴さんで、私はこの番組で初めて出会ったのだが、正直言ってビックリの連続でたまたまこの番組を聞いた幸運に感謝したくなった。

鈴木さんは浅間山の麓、軽井沢で十数年にわたり四十雀の鳴き声を追跡研究し、四十雀が鳴き声を言葉として使い分け文章も作っていることを証明したとのことである。

例えば警戒を意味する鳴き声と仲間を集める鳴き声など20以上を決まった語順に組み合わせ、仲間と共にヘビやタカなどの捕食者を追い払う号令に使うなど、200以上の文章を作っていることが解ってきたそうである。

研究のきっかけ、実際の追跡記録方法、証明の仕方などとても興味深く聴かせて貰ったが、やはりその根底には「好きなことをしている」気持ちが随所に出ており、そこからくる地道な努力に感心してしまう。

この研究はヒト以外の言葉の使用を実証した初めての例として、国内外の研究者などから大きな注目を集めているらしい。
個人的にも歩きの途中などで聴いていた小鳥の鳴き声が今までの単なる雑音から興味の対象になった気がしている。

私の勝手な思い込みだがこのような研究は一度突破口が開かれると急速に進化する場合が多い。
人間の言葉の進化過程の解明に役立ちそうな気もするし、近い将来人と動物が翻訳機を通じて対話が出来るようなことになるのかも知れない。
また動物毎の辞書作成も面白そうだ。

【均等に 植えしタマネギ 半年後 大きさ競い 自己主張】

ーーー収穫にはあともう少しのタマネギ、葉っぱ全体が倒れると収穫出来る。

中断中の独り言⑧ふるさと厚狭の石炭(週刊誌記事から)

山口県は国内有数の石炭埋蔵地域で、ふるさと厚狭も例外でなく、江戸時代・藩政期から昭和にかけての石炭との関わりについて、2020年8月26日~9月3日に3回に別けて、このブログに「ふるさと厚狭の石炭」と題して書いてきた。

9月3日の③では、昭和14年「厚狭炭鉱」が山川(やまがわ)地域に開業して最盛期600人近い従業員が働き、人手を集めるため県外や朝鮮半島まで募集が行われた歴史を書いた。

最近コロナも落ち着きを見せているため朝の歩きのついでの「コメダ珈琲店」での珈琲ブレークを再開しているが、そこで今日読んだ「週刊新潮」の記事中に「厚狭炭鉱」が載っている資料があり、これもふるさとの歴史の一部と思い書き残しておくことにした。

記事は戦前の「徴用工」といわれる人々に対する未払い賃金の行方を追った連載で、内容に立ち入るつもりは全くないが、その説明資料の一つに1953年に労働省労働基準局給与課が作成した「帰国朝鮮人労働者に対する未払賃金債務等に関する調査集計」が載っている。

山口県では唯一「厚狭炭鉱」が載っており、33人分 の保管していた預金通帳、計1813円30銭を組長に引き渡したとある。組長とはグループリーダーのことだろうか。

「厚狭炭鉱」は私の中学校通学路の側にあり、炭鉱閉山後の所々陥没した地形や小さいぼた山を毎日見て通ったが、そこで朝鮮半島出身の人々が実際に働かれていたことは間違いない事実である。

【霞立つ 海の彼方に 我が住まい】
ーーー神戸から大阪湾を隔てて大阪・河内、和泉を見ている。

🔘バラの花はそのひとつひとつが例えようもないほど美しい気がする。



中断中の独り言⑦お菓子の包装あれこれ

私が外出せずに家に居るときの習慣のひとつが午前と午後1日2回の珈琲タイムで、この時新聞や本を読むのが楽しみになっていて私の幸せ時間である。

この際には何か甘いものが欲しい方で洋菓子、和菓子、など置いてある場所は決まっているので自分で選択して珈琲と共に自分の気に入った居場所に持ち運ぶ。

お菓子には色々な包装の仕方があり、それを取り出すのにすんなり簡単に解けるものがある反面、開けるのに難儀して中のお菓子が変形してしまい、これは菓子屋さんやメーカーが自分で開けるなどの目配りを怠っているなと思うものもある。

子供のころビスケットやクッキーなどは1回で食べきれない分量の包装が一般的であったが、現在はほとんどの場合その中が更に個装されており、残ったものが湿気る事が無くなり便利になっている。

この個装には保存対策で色々工夫された材質が使われているが密封シールされたあとはほとんどの場合ギザギザカットが施されており、この谷の部分を切り口にして開けやすくしている。

それでも簡単に開けられるものとなかなかすんなり行かないものがあり、材質と併せそのギザギザの切り口の仕上がりが関係しているように思われる。

お菓子のなかでも「かりんとう」は好きなものの一つで、あるメーカーのものをいつも買いおきしてもらい数日おきに食べていたが、このギザギザカットの切り口が荒れていると感じて、しばらくしてその工場が火事になったニュースが流れて来た。
(この工場は現在生産停止らしく、その「かりんとう」が手に入らなくなって淋しい思いをしており、ついブログに書いてしまった)

現役時代の経験から見て、このような切断部分の精度をいつも維持することは日々のカッターや機械のメンテナンス、生産管理の努力の賜物であり工場のレベルの一端を表している。

お菓子はそのものの美味しさに尽きるが、その美味しさを感じるには食べるまでのプロセスにも目を向けることが必要で、振り返ってみると自分の中にも本質は徹底して頑張るがその周りはいい加減でいいやと思う気質があり、珈琲を飲みながら反省している。

【日に二回 コーヒタイムの幸せは 左新聞 右かりんとう

🔘近所の散歩道沿い



中断中の独り言⑥「数学者は宇宙をつなげるか?」

冒頭から余談になるが、一時期仕事に関係の無い「経済」や「株」のことを真剣に勉強したことがあり、その時に「自分の頭で考える」自分でその事を理解することの大切さを先達から教えられ、以降大変な情報量の中で自分の座右の銘の一つとして情報を鵜呑みにせず自分の中で理解してからアウトプットすることを心掛けてきた。

今回このテーマは「自分の頭で考える」ことには全く歯が立たなかったがそれでもブログに書いておこうと思ったのは何故だろうか?

番組名に牽かれてNHKスペシャル「数学者は宇宙をつなげるか?」を録画していたがようやく観ることが出来た。

「自分の頭で考える」事に歯が立たなかったものの不思議に番組自体はとても興味深く最後まで集中して見終えた。
然し今まで自分が「数学」というものに感じていたものは、ほんの入口の一部に過ぎずもっと想像を越える拡がりや深さがあることが少しわかったのかも知れない。

a+b=c の3つの自然数を構成する素数、各々 についてその掛け算の答すなわち積の存在予測を示すのが数学の世界で誰も証明することが出来なかった難問・「 ABC予想」との事である。

これを最近証明したのが日本人の天才数学者・望月新一京大教授で(2020年これが科学誌に受入れられたとのニュースを当時観た記憶がある)この証明について未だに世界最高水準の数学者間で賛否の論争が続いているらしい。

🔘番組中で面白いと感じた言葉

・フランスの数学者
ABC予想を理解しようとするならかけ算は簡単だがたし算は難しいという事から始めなければ」

「数学に難問が沢山あるのはかけ算だけでなくたし算があるからだ」

このABC予想が証明されると学会でのこれまでの数々の難問が一挙に証明されるインパクトがあるほどのものらしく論争も数学を飛び越えたようなところがあり、

・証明はされてないとする学者
「数学とは違うものを同じとみなす技術で現代数学の原理原則である」
・望月教授
「同じものを違うとみなすことも大事」
「数学世界を宇宙と見なし異なった宇宙Aと宇宙Bをつなぎ、かけ算では成立するがたし算では成立しない世界を作る」ーーーこれが題名の由来らしい。

望月教授の証明が正しいかどうかまだ議論があるようだがもし正しいとすると我々は今、表題にもつながる「知の大変革」に立ち会っているらしく、挑んでいるのが日本人であることも含め今後の成り行きに俄然興味が湧いてくる。

🔘「自分の頭で考える」ことに全く歯が立たないことでも「面白そうだ」と感じることはあるものだと妙に自分自身が納得できるものがあった気がしている。
時にある部分がブラックボックスでもアウトプットは得られるものかもしれない。

🔘自己流短歌
【数学は 異なるものを 同じとす 二人(ふたり)と二頭(にとう)これが原点】

【数学に 宇宙ありと 説聞きて 我も持ちたし 小宇宙】

🔘雨上がり、図書館の辺りでツツジが花ざかり





中断中の独り言⑤月のゴーストと映画「羅生門」

一昨日同級生からのグループLINEで満月を知らせる連絡があり、そのなかに夜空の満月とその逆光から擬似的に生じた「ゴースト現象」が映った写真があった。
左側が月、右の青い光がゴースト
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相対的に強い光源を写した場合、レンズ内の反射などで生じる現象と思われ、私の若いときなど写真撮影の場合は逆光を避けるように教えられたことはこう言ったレンズのいたずらを防ぐ目的も有ったかもしれない。

この逆光からふと思い浮かんだのが黒澤明監督初期の出世作となった映画「羅生門」である。
云うまでもなく芥川龍之介の「藪の中」を下敷きにしたものでネタバレになるので詳細は避けるが、人間の業とも云える「嘘」の数々と最後の「救い」が描かれる。

三船敏郎京マチ子など錚々たるメンバーが出演されているが個人的にはアクの強い下人役を演じた悪役俳優・上田吉二郎さんがとても印象に残っている。

古い作品なので劇場で観る機会は無かったがTVでは3回ほど観た記憶があり、本物かと思うような「崩れかけた羅生門」は後年の黒澤作品の「乱」などの城のセットなどを彷彿(ほうふつ)とさせ監督の映画への想いが伝わって来るような仕上がりになっていた。

この映画を印象付けるもう一つのキーポイントが逆光場面の多さで、ギラギラした太陽の光、森のなか樹間の太陽が直接画面に現れる。
ゴーストのようにレンズのいたずらが起きたり見にくく成るため本来写真や映画撮影ではタブーであった逆光撮影を取り入れて効果を出している。

この映画の撮影は名カメラマンと云われた宮川一夫さんが担当されたが、この逆光を生かすべく今までに無い撮影の工夫を試みたとNHKのインタビュー番組で聞いたことがあり、敢えてタブーにも挑むことの気概が映画から伝わって来た。

🔘今年も例年通り、歩いている側の川で鯉の大暴れ、産卵の季節がやって来た。
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中断中の独り言④モーニングサービス・390円に思うこと

長い間使ってきたウオーキングシューズがすり減ってしまい、目前の片付けが一段落したのを見計らい、インソールの製作予約をしたうえで、昨日は大阪なんば(ミナミ)の地下街にある店に行ってきた。

もともと淀屋橋(中之島)にある店で製作して貰っていたが再開発で閉店になり同系列のなんば店にしたが、初めてなので場所を確かめるため早めに行って時間調整でコーヒーを飲みながら新聞を読もうと決めていた。

店の近く地下街のコーヒショップに入りモーニングサービスメニューを見るとパンとコーヒーのセットで390円(税込み)。選んだパンはチョコレートチップ入りで多分単品では100~200円くらいするのでは。
どうやらこのコーヒ-ショップはパンが売り物らしい。

個人的にはコーヒーもパンもそこそこ美味しくて満足だが正直言ってこの390円という値段の安さには考えさせられるものがあった。

この地下街はいわば大阪の一等地と言える場所でテナント料も半端でないはず、セルフサービス形式とはいえ従業員もそれなりに必要で、果たしてこの値段で従業員に適切な給料を払うことが出来るのだろうか?
眼を落とすと、読んでいる日経新聞では丁度昨今の円安や各国比で成長に遅れをとっている日本の事が記事になっている。

店に入って値段が安すぎると思ったのは、今から20年~30年前頃、仕事で東南アジア各国に行きレストランで食事をした時にしきりに感じて以来の感覚で、何か現在の日本のおかれている経済状況は、足踏みというより世界のなかで後退してしまっているのではないかとついため息が出てしまった。

「安い事は良いことだ」に個人的レベルで慣れてしまうと本来あるべき値段以下になっても気が付かなくなり、働く人の給与や企業の将来投資にまで影響が及びデフレの負のスパイラルから抜け出せなくなる。

リタイアしたものがやきもきしてもしょうがない気もするが、世界のなかで日本は完全に取り残されているという現実を互いに直視してこれからを考える事が必要なのかもしれない。

それはともかく私のインソールはまだ若い技術者が足の測定データを元に丁寧に時間をかけて仕上げてくれて早速履いて帰ったがすぐさま足に馴染んでしまった。
このように個別に見ると日本の技術はまだまだ確かなものが沢山ありこれらを生かす経済システムの活性化が是非とも必要と思う。

🔘歩きの途中にある付近で唯一のれんげ田、懐かしい!
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中断中の独り言③・カムカムエヴリバデイ「ひなたの道で」など

NHKの朝ドラ「カムカムエヴリバデイ」が終わってしまった。
言うまでもなくラジオの英会話講座を軸にした母子3代をつなぐ物語で、ヒロインが上白石萌音さん、深津絵里さん、川栄李奈さんと3人もいる珍しいドラマだった。

朝から気持ちが落ち込むような一部ストーリーや、あまりに偶然すぎる出会いの数々で途中少し敬遠したくなるようなところもあったが、「継続は力なり」を体現するようなヒロインたちの英会話の勉強ぶりや、小豆餡(あずきあん)作りのおまじない「おいしゅうなれ」が映画「あん」の樹木希林さんの演技を思い起こさせたりして、つい日々の楽しみになり登場人物それぞれのハッピーエンドを見届ける事が出来てよかったと思っている。

このドラマのなかで私の心に永く残りそうな2つのこと。

川栄李奈さん「ひなた」が勤める映画村の、松重豊さんが演じる大部屋俳優「伴 虚無蔵」の言葉。
(余談ながら、この名前を番組では「きょむぞう」と読ませていたが、時代劇の名前なら「こむぞう」ではないかと勝手に思っている。)

『日々鍛練に勤めいつ来るかわからぬ機会にそなえよ』

ーー自分自身の経験から見ても、これ程将来のことを的確に簡潔に表した言葉は他に知らない。
ひょっとするとこのドラマのメインテーマの一つを表している言葉かもしれない。

②このドラマのキーの一つがジャズでルイ・アームストロングの演奏で有名な曲。

『On the sunny side of the street(ひなたの道で)』

ルイ・アームストロングは名前を聞いた事があるくらいでこの曲も知らなかったが、番組で度々演奏されたり、極め付きは深津絵里さん演じる「るい」が唄ったことでとても惹き付けられてしまった。

今まで音楽と言えばカラオケの懐メロくらいがせいぜい私の縄張りだったが、詞の内容が前向きに生きようとする明るいことや、軽快なリズム、メロデイーで懐メロとは違う扉を新しく開けてもらったような気がしている。

「るい」が唄った曲をもう一度と思いYouTubeを検索すると、懐かしい「大阪ぐらし」「有楽町で逢いましょう」等
私達世代に馴染みの〈低音の魅力〉と云われたフランク永井さんが原語で唄った、

『On the sunny side of the street(ひなたの道で)』

に出会い更にびっくり感動してしまった。

🔘歩きの途中、チューリップが2箇所できれいに咲いていた。
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