「沖縄の歴史Q&A」

今から半世紀以上さかのぼる私の義務教育時代の社会科では、[江戸時代は長崎・出島を唯一の例外として厳格な鎖国体制にあった]と教わった。

然し最近の日本史研究では、この時代「四つの口」と呼ばれる対外的な窓口が開かれていたというのが定説になっており、教育現場でも徐々に軌道修正がされているようだ。

四つの口とは
・長崎口 幕府直轄長崎出島でのオランダ、中国との交易
対馬口 対馬藩 朝鮮との交易、朝鮮通信使の受け入れ
・薩摩口 薩摩藩 琉球国を介して中国との交易、琉球使節の受け入れ
松前口 松前藩(北海道松前半島)アイヌとの交易

今回近所の図書館から借りた楳澤和夫著「沖縄の歴史Q&A」大月書店刊 はこの薩摩口と呼ばれる、構造を以下のように説明している。
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関ヶ原敗戦後の薩摩藩内の求心力低下や財政難を一挙に解決すべく幕府の了解のもと関ヶ原の9年後薩摩が琉球を侵略、幕府ー島津ー琉球の支配関係が確立

琉球国は中国王朝との進貢貿易関係が成立しており琉球国をそのままにしておくことで薩摩は中国との貿易利権が得られる。

琉球は島津氏や薩摩商人から交易資金を導入することで進貢貿易を維持拡大出来た。
(中国は自らが世界の中心とする体制・華夷秩序を認め貢ぎ物を持参する国のみに交易を認めていた。これを進貢貿易という)

この本では過去の歴史経過から現在の基地問題まで至る、日本と沖縄の関係が疑問に答える形で分かりやすく示されておりこの辺りの理解が少し深まった気がしている。

ところで沖縄の歌で私が一番親しみやすく、カラオケでもかろうじて唄えるのは「安里屋ユンタ」です。

[この本と直接関係は無いが、薩摩藩では幕府に内密に薩摩半島突端の坊津(ぼうのつ)で密貿易をやっていたという説が根強くある。]

◎歩きの途中、畑では豆類の花が咲き始めてきた。
えんどう豆
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そら豆
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