野林健(のばやしたけし)、納屋政嗣(なやまさつぐ)編「聞書き緒方貞子回顧録」岩波書店刊 を読み終えた。
私が尊敬する日本人の一人・緒方貞子さんは周知のように国連難民高等弁務官(UNHCR)や独立行政法人国際協力機構(JICA)理事長などを歴任し多くの実績をあげられ、その名前は世界に広く知られたが2019年92歳で亡くなられた。
この本は、国際政治経済学の専門家で緒方さんの教え子でもある野林健氏と、国際政治・安全保障論の専門家で緒方さんの教え子でもあり同僚でもあった納屋政嗣氏が、岩波書店の協力を得て緒方さんの事積を丹念に追跡し、質問を用意し本人に聞き取りを行いまとめられたものである。
聞き取りは2013年から14年にかけて各回2時間が原則で計13回行われ、しばしば予定時間をオーバーしたらしいが、生い立ち、太平洋戦争、学生時代、大学人、国連代表部での仕事、難民高等弁務官時代、JICA理事長時代、これからの日本や世界への思い、と順次Q&Aが繰り返される。
300ページを超える大部の中から私の新たな知見になったことや、感心したことを少し書き残しておきたい。
・緒方さんの曾祖父が五・一五事件で暗殺された首相犬養毅(いぬかいつよし)であることはよく知られているが、祖父、父親も外交官でその海外生活や家庭環境、アメリカ留学などで国際感覚が磨かれている。
・緒方さんは国際政治学が専門で博士課程以後「満州事変」の研究に取り組まれ、岩波書店から「満州事変ー政策の形成過程ー」として出版されている。
🔘この回顧録のなかで緒方さんは満州事変時の関東軍の政策立案の中心人物・石原莞爾(いしわらかんじ)について「底知れぬ怖さを感じる」と言われているが、私も以前から満州事変、石原莞爾については関心がありこの本を読んで見ようと思い垂水図書館へ予約した。
・難民高等弁務官時代の最初の課題は難民条約上難民とされない自国内に留まる人々(例イラクで弾圧されるクルド人)の保護をどうするかということで、原則やルールを乗りこえ現実的な決断として保護活動を行うことにした。
・旧ユーゴスラビア地域の民族紛争時、軍と協力してUNHCR が救援物資の輸送や難民保護に当たったが、内部からもこの事に異論があったが人道機関の使命が維持され軍に理解があれば一概に否定するべきでない。
・JICA理事長に就任時驚いたのが職員の7割が本部で働き、在外は3割のみであったこと。就任3年で在外職員を2割増やし就任当初の1.5倍にし責任と権限を在外に移譲した。
・このままでは日本は国際社会のなかでいまの位置に留まることすら出来ない。日本に必要なことは多様性・ダイバーシティだと思う。創造性や社会革新の力は多様性の中からしか生まれない。
🔘この本の終わりに「編者あとがき」が載せられているが、そのなかの一節に私の読後感と全く一致する部分があり以下に記す。
~緒方氏は人道主義一本やりの人のように思える。しかしそうではない。柔軟だが透徹したリアリストでもある。いつも政治の底の方にうごめく自己中心主義、力関係、惰性、打算を見据えておられるようであった。人道主義と政治的リアリズムが共存あるいは融合するところに緒方氏の真骨頂がある。~
🔘今日の一句
蒼海に溶けて消えゆく秋夕焼(あきゆやけ)
🔘施設介護棟の屋上庭園、ヒルザキツキミソウ(昼咲き月見草)蝶はチャバネセセリと思われる。