兵庫(ひょうご)と神戸(こうべ)

用事が出来て兵庫県神戸市の垂水(たるみ)まで出掛けてきた。本来なら車で行くのだが約束の時間が通勤等と重なり渋滞に巻き込まれる事から電車で行くことにした。

最近開通したJRおおさか東線地下鉄東西線経由で尼崎まで出て、そのままJR神戸線垂水駅へというルートを選択、ドア~ドアで2時間かかった。乗り換えは全て同一ホームで階段の昇り降りがなく数分待ちで、JRの時刻表も上手く出来ているものだと感心してしまった。
スマホで路線を調べたのだが西へ行くのに大阪駅を経由しないのは初めての貴重な経験。

初めて乗車した神戸線で窓の外を見ていると、神戸駅の次が兵庫駅となっており、以前から良く分からなかった兵庫(県)と神戸(市)はどう違うのか、ここで更に疑問を感じてしまい少し整理してみることにした。

日本史で出てくるこの地域の重要な港・湊(みなと)は全て兵庫である、例えば、
平清盛が中国・宋との貿易を意図して開発したのが兵庫・大輪田の泊(おおわだのとまり)。
楠木正成足利尊氏との決戦の為京を出て兵庫に赴く。
・幕末、日米修交通商条約でほかの港と共に兵庫が開港する。

兵庫とは武器庫・武庫(ぶこ、むこ)のことで律令制の武器を扱う役所・兵庫寮(ひょうごりょう)に由来すると考えられる。兵庫県を流れる武庫川(むこがわ)も同様と思われ、古代この付近に武器庫に類するものがあったと推定される。

私の好きな武将の一人、関ヶ原合戦で島津の退き口(のきぐち)といわれる名誉の退却戦を成功させたのが島津義弘(しまずよしひろ)、官職名を兵庫頭(ひょうごのかみ)と兵庫寮の長官を名乗っていた。

神戸(こうべ・かんべ)とは一般に神社へ租税を納める民のことで、この地は近くの生田(いくた)神社や長田(ながた)神社の神領であったと思われる。

どちらも海に面していたが歴史的に重要であったのは兵庫で、幕末~明治の開国に際して対外交易港として開港したが、兵庫には外国人居留地などを設けるスペースがなく、やむを得ず東隣の神戸が実際の開港場となり、波止場、居留地、倉庫、等港湾設備が順次整備され現在に至った。

また元は兵庫がメインの港であった為、明治維新の際地域の役所が兵庫に置かれ兵庫県と名付けられた。

垂水まで電車で出掛けたことで永年の疑問のひとつが見えて来たようでとても嬉しい。

◎先日の雨と寒さで少し弱ったような感じがする、我が家のガレージ脇に植えたパンジー
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