故郷の美祢(みね)線の豪雨被害/頑張れ美祢線

山口県在住の中学同級生から故郷のシンボルのひとつでもあるJR美祢線の、梅雨の大雨被害の写真を送って貰った。6月30日からの豪雨で現在全線不通、復旧の目処が立っていない。

美祢線は私の故郷のJR山陽線厚狭駅から日本海側のJR山陰線・長門市駅を結んでおり、そこから支線で一駅、童謡詩人・金子みすゞの故郷の仙崎にもつながり、また途中には温泉で有名な長門湯本駅がある。

🔘今年3月帰省の折りに撮った厚狭駅に停車中の美祢線ディーゼル

元々この美祢線は、明治の日本海軍が大嶺(おおみね・美祢市)の無煙炭を軍艦の燃料として目を付け、これを厚狭駅を介して山陽線で輸送しようと計画した明治38年(1905)の大嶺支線の開業に始まるが、この時厚狭川に沿った工事は困難を極め、予定より大幅に遅れたと伝わる。

地図を見ると分かるが美祢線は厚狭川に沿いつつ、何ヵ所かで川を左右に横断しながら山口県西部を縦断していて、今回の被害も写真を見るとその川を横断する橋梁部分から発生しており、美祢線が持つ弱点を突かれたような形になっている。

美祢線は2010年の豪雨で被害を受け全線不通になり、ようやく2011年10月に復旧運転再開を果たしたばかりで短期間で再度の被害に合ったことになる。

この線は先の開業のきっかけにもあるように、美祢地域の石炭や石灰石山陽線を通じて瀬戸内の工業地帯へ貨物輸送をする需要が多かった路線で、私の小学校時代の行き帰りは、この貨物列車が通過する風景を横目に見ながらが常であった。

しかし石炭や石灰石の輸送需要が激減したことや、クルマの普及で完全な赤字路線になって久しく、JR西日本が発表する不採算路線にいつも挙げられ、記事を見るたびに胸を痛めている。

厚狭は地理的に下関と新山口(小郡)の中間に当たり山陽新幹線の停車駅になっているが、その拠り所のひとつは美祢線に繋がっていることにあると思われる。

いわば美祢線は新幹線の停車に直結する課題でもある。離れた地で暮らす身でおこがましいが、故郷の振興という面で何とか復旧存続出来ないか願っている。

ただ昨今の気象の変化を考えると美祢線の持つ構造的な弱点の克服は再発の防止に向け避けて通れないような気がしている。

🔘一日一句

 

梅雨明けを告げて鳶が二廻り

🔘今年初めて健康公園で出会った蝉の脱け殻