「会えてよかった」

安野光雅(あんのみつまさ)著「会えてよかった」朝日新聞出版 刊を読み終えた。

著者の安野さんは独特な一度見たら忘れない画風で「ふしぎなえ」など多数の絵本などを発表、私も娘や孫が幼い頃買い与えた記憶があり、自ら装幀されたこの本の表紙の絵も面白い。

文化功労者にも選ばれていて、出身地は島根県の津和野でそのことはこの本のなかで何度か出てくる。

私が安野さんの出身が津和野であることを知ったのは山口県在住の同級生のLINEからで、その地にある安野光雅美術館のことが書かれてあった。

この本は一年間「週刊朝日」に連載された交友録をまとめたもので、50の個人やグループとのふれあいがユーモアも交え描かれる面白い読み物になっており、当然著者本人の人柄もにじみ出ている。

どう紹介するか迷ったが、この中から何人かの分を選びその中の面白いと思える文章の一節を載せることにした。

俳優・高峰秀子

わたしの頭の中には二人の高峰秀子がいたし、今もいる。その一人は~~「二十四の瞳」の大石先生でもある。あと一人は、庭に出たフキノトウの佃煮をくれるとか、夫の松山善三も意見は同じところだろうが、「口うるさい」ひとである。

俳優・岸田今日子

天然色の今日子さんに会いたかったら、中国・青島のレストランを探すといい。~~、そのときのウエートレスは、胸に刺繍のあるブラウスに白く長いスカートをはいた美人だった。中国人ではなかった。わかりよく言うと、それは若き日の岸田今日子そのものであった。

作家・澤地久枝

澤地さんはたしか、中国東北部吉林省にくらし、日本へ引き揚げてきたのだった。正邪に対し堂々と反応する少女だった。

歌人俵万智

恥を言うようだが、わたしが本当の意味で晶子の歌がわかったのは、俵さんの「詠み換え」におしえられたことが大きい。

やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしがらずや道を説く君      与謝野晶子

 燃える肌を抱くこともなく人生を語り続けて寂しくないの     俵万智

作家・司馬遼太郎

司馬さんは気配りの人だとみんなが言うがあれは演技ではできない。~~たとえば、みんなで晩ご飯を食べているところへ、おくれてきた人がいる。「ゴミ袋をどういうふうに切るか」という話題に花が咲いていたら、そのあらすじを聞かせて仲間にいれるのである。

 

噴水が風に吹かれて子等を追う】

 

🔘健康公園の合歓木(ネムノキ)の花が咲き始めた。