泥の河

朝日新聞が春の叙勲を報じる中で旭日小綬章を受けた映画監督の小栗康平さんのインタビューが載っている。

小栗監督の映画と出会ったのはデビュー作の「泥の河」で今でもこれを観た40年前の事が記憶にある。

仕事で東京に出張していた折り新聞の映画広告で銀座の並木通りにある並木座という映画館で上映されていることを知りようやく探し当てた小さな名画座で観た。

主人公の少年の小さな食堂を営む父母が田村高廣さんと藤田弓子さん、友達の母親が船の上で身を売って生計を立てている加賀まりこさんでモノクロの画面が戦後のまだ成長期に至る前の苦しい時代を映していた。

当時美しく若い加賀まりこさんが少年に言った「おばちゃん何もかもいやになってしもたんよ。」は今でも悲しい響きで不思議に耳に残っている。

少年の友達が心の嘆きを抱え、生きているカニに油を付けて燃やすシーンは言葉では表し難いほど衝撃的なシーンだった。

「泥の河」は映画が出来た1981年の3年前、78年に宮本輝さん原作で出版されており、今回の新聞記事を見て本棚を探し回り昔読んだ古びてしまった本を探し当てた。

宮本輝さんは今でこそ大作家だが当時は新進の作家で芥川賞授賞作の「蛍川」と太宰治賞授賞作の「泥の河」を合わせて一冊になっている。

宮本輝さんはその後もたくさんの小説を書かれ私はずっと読者であり続けたと思うが未だに最高の一冊は「泥の河」だと思っている。

「泥の河」の舞台は私が住む大阪の西部  海に近い安治川河口でJR大阪環状線に乗ると弁天町駅と西九条駅の間に車窓からその小説の風景が表れてくる。

泥の河=安治川は上流は土佐堀川になり公園や中之島ビジネス街が拡がるが、ほんの僅かな距離でこれ程大きく変化する風景も珍しく人間の営みの不思議さを感じる川の流域である。