「坂の上の雲」①天気晴朗ナレド波高シ

今年は作家・司馬遼太郎さんの生誕100年に当たることから、私も訪れたことのある東大阪市の司馬さんの自宅を改装した「司馬遼太郎記念館」では、インターネットで好きな作品を募ったところ一位が「坂の上の雲」であったらしい。

私もこの結果を聞いて納得すると共に明治の青春や国家を描いた全6巻のこの物語の新しい巻が都度出るのが待ち遠しかった想い出がよみがえる。

云うまでもなくこの小説は四国松山生まれの、正岡子規秋山好古、真之兄弟の3人を縦糸に、明治国家の命運をかけた日露戦争を横軸にした大作であり、この想い出深い作品についてこの機会に関連するアレコレを順序不同で書き残しておきたい。

日露戦争の勝敗を決した海の戦いは「日本海海戦」であることはよく知られ、大航海を経てウラジオストックを目指すバルチック艦隊を待ち構えた連合艦隊に「敵艦隊見ゆ」の通信がもたらされたのを受けて連合艦隊大本営に発した電報はあまりに有名である。

《敵艦隊見ユトノ警報二接シ連合艦隊ハ直チニ出動コレヲ撃沈滅セントス 本日天気晴朗ナレドモ波高シ》

この後半「本日」以下の文は、この物語の主人公連合艦隊参謀・秋山真之がとっさに書き加えたとされ、従来の解釈は「天気晴朗」は視界がよく敵艦隊を捕捉しやすい、当時のロシア艦の舷は低く波が高くなることで命中率が上がり「波高シ」で日本に有利な戦いになることを告げたと解釈されてきた。

然し最近の研究では、当時の日本海軍の秘密兵器・連繋水雷(機雷4個を繋ぎ敵艦隊の前面に水雷挺で浮游させる)を使うべく研究してきたが今日は波が高くて使えないという苦しい状況を知らせたものだと解釈されるようになってきている。

何れにしろ戦い直前の緊迫するなか秋山真之の名文家としての本領発揮は変わらない。

 

【廃屋の金柑たわわ誰を待つ】

 

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