俳句歳時記

引っ越して施設の俳句サークルに入れてもらい数ヵ月になるがまだまだ初心者の域で四苦八苦している。

基本は5、7、5と季語の二つということで、最初から郷土の先輩・山頭火には成れそうにないので先ずは基本を踏まえて数多く詠むことを心がけている。

しかし俳句での季語は旧暦が基本らしく、例えば立冬(今年は11月7日)以降は本来冬の扱いらしいが私などどうも生活実感と合わず今でも秋の季語を使っているのだが。

季語も例えば「銀杏(いちょう)」だけでは季語でなく、「銀杏散る」や「銀杏(ぎんなん)」になって初めて季語になるようで考えてみると当然とは云え結構ややこしい。

兎に角5、7、5の17文字に収めることが難しく言葉を省き、書かないことを想像で補ってもらえるようにしなければならないことが実感として分かって来つつある。

幸い俳句には「歳時記」という参考書があり季語を集めて分類して解説、考証やそれに例句も沢山載せてあり、インターネットでも簡易に色々検索が出来るようになっている。

施設のライブラリーには春、夏、秋、冬、新年と五部に分けられた「俳句大歳時記」角川書店刊 が置いてあり時々参考にさせて貰っているが、特に例句をみると当たり前ではあるが自分との隔絶した表現の差を自覚させられる。

季語「秋」の項に載っている例句のひとつ

【子規庵の秋は淋しや我も老いぬ】  高浜虚子

虚子の俳句のあとに書くのは大変気が引けるが、ベランダから秋の海を眺めて。

【海の涯 蒼穹(そら)始まりて 秋霞】

 

🔘施設の介護棟屋上のシクラメンたち