10月句会と神戸和田岬

🔘私が俳句サークルに入会して3度目の月例句会が一昨日に行われたが、残念なことに人間ドック受診と重なってしまい、どうしたらいいか確認したところ自選句を7句短冊に書いて出すことと、その7句の内、施設内に印刷掲示するための3句を示すように求められた。

毎日思いついた句をこのブログにその都度書き残しているので、前回の句会以降のものから以下の7句を選択した。

①台風(かぜ)去りて  出船入り船  和泉灘(いずみなだ)

②満月が雲より出でて見得(みえ)を切り

③秋の風  絡む蔓草(つるくさ)  解(ほど)きけり

④強風(かぜ)来たり  節無き芒(すすき)  堪え撓(たわ)む

⑤解けぬまま  ふるさと文書(もんじょ)  月に問ふ

(「問ふ」は元々「問う」で出していたが添削されたもの)

⑥朝餉(あさげ)らし  小鳥啄(ついば)む  法師の実

⑦家(や)移りも  去年(こぞ)と変わらぬ  彼岸花

昨夕、会の世話人の方から結果連絡を頂き、⑥の句を除き6句が選句されたとのことでおまけに②は特選句、⑤は4人の方から選句対象になったらしく本当に嬉しい結果であった。

掲示の3句は②③⑤になった。

ゴルフも初心者は球を数打つことが重要でこれに習い、とにかく機会を見つけ数多く作ることを当面の目標に頑張っていきたいと思っている。

 

🔘この日車で連れて行ったもらった人間ドックは初めての病院なのだが、近くの交差点にあった「和田岬」の標識を見て確かに今神戸に来ていると突然のことながら実感が湧いてきた。

和田岬神戸港の西側に突き出た陸地で平清盛の時代の大輪田の泊(おおわだのとまり)、続く兵庫湊(ひょうごみなと)、現在の神戸港に至るまで、この和田岬があったことにより南や西からの風を防ぎこの辺りの海岸が天然の良港として生き残ることを約束してくれた。

南北朝時代楠木正成が戦死した「湊川の戦い」は九州から迫った足利尊氏の大軍がこの辺りで上陸したのを迎え討った戦いである。

病院は神戸市兵庫区にありすぐとなりが今は使われていない三菱重工の神戸造船所であった。

ここには幕末に幕府が海岸防備のために建設した砲台があるはず。

人間ドックに行ってたまたま神戸の歴史の一端を体感させてもらった。

🔘これは公園の草むらに小さく咲いているのだが、ツルマメのような気がする?