節刀(せっとう)とは

日経新聞に連載の作家・安部龍太郎さんの小説「ふりさけ見れば」は奈良時代遣唐使の物語である。

先週分は遣唐使から帰国した吉備真備(きびのまきび)が左遷の境遇からの挽回を期して、仏教の戒律を知る鑑真和上(がんじんわじょう)を唐から招聘するため再度第十次遣唐使に志願する。
それが認められて遣唐副使となり、正使及びもう一人の副使と三人で時の帝・孝謙天皇(こうけんてんのう・聖武天皇の第一皇女)から「節刀」(せちとう、せっとう)をさずけられた。

節(せつ)とは天皇の使臣である「しるし・符節」のことで国家を代表する場合などの呼び方「使節」や「使節団」などの言葉に生きている。

元は刀では無かった「しるし」が征夷大将軍などを朝敵討伐にむかわせたり、遣唐大使を派遣したりする場合に刀になり節刀と呼ばれるのは、国家の命運を決するような大事に、軍隊や大規模使節(遣唐使の場合400~500人規模)を遠くに派遣する場合その統制上いちいち天皇に可否を問うことは出来ないことがある。

統制下にある集団の「生殺与奪(せいさつよだつ)」の権限を託し、軍律に背いた場合など即座に処断出来るとの意味合いを込めている。
尚、通常の場合節刀は任務を終えて帰還すると天皇に返還された。

実はこの事を書く気になったのはNHKBSで放送された中国映画「レッドクリフ」Ⅰ部とⅡ部を録画して昨日観終えた事があり、諸葛孔明役は金城武が演じていた。

云うまでもなく三国志の山場のひとつ「赤壁(せきへき)の戦い」を映画化したもので、劣勢の劉備(りゅうび)の蜀(しょく)と呉(ご)が連合して、優勢な曹操(そうそう)の魏(ぎ)軍を討ち破る物語である。

この映画では、蜀と盟約して大敵・魏と戦うことを決意した呉の皇帝・孫権(そんけん)は兄・孫策(そんさく)以来の重臣周瑜(しゅうゆ)に刀を与えて全権を委任し戦いを決意する。

節刀を与えて軍権を委任することはこのように中国にもあったようで元々中国由来かも知れない。
しかし何れにしても刀を与えて軍や集団の統制を図るのは古代にあっては理に叶っているような気がしている。
あくまでもその刀が自分に向けられる恐れが無い人物が対象であることは勿論だが。

🔘健康公園管理事務所横、これは多分浜木綿(はまゆう)と思われる。