孫の就活から思うこと

今年は大学院生と大学生の孫2人がダブルで就職活動の年に当たっている。
頑張って欲しいとは思うもののこちらがやきもきしてもしょうがない事で、もし聞かれたりすれば分かる範囲で答えたりアドバイスすることに徹している。

当たり前の事だが面白いと思うのは二人それぞれに個性が現れていることで、出来るだけ自分の好きな方向に希望が叶って欲しいと思っている。

二人から聞かれたことは各々の業界に対する見方、志望する企業の将来性などの評価等々だが、私自身は経済や産業に興味がある方なので自分なりの見方を伝えるが、あくまで決めるのは本人で自分の頭で考えて決めることを期待してその旨伝えている。

リタイア後も経済や企業の動きに対する興味は継続しており、この事が少しなりと孫の役に立てばこれほど嬉しい事はない。

しかし孫の就職活動という身近なイベントを前に日本の経済や企業活動を改めて考えて見ると、今更ながら日本の国際的な地位や存在感の低下には愕然としてしまう。この事は我々世代にもその責任の一端が有るのかもしれない。

この原因にはマスコミなどで度々取りあげられているように少子高齢化、デジタル化IT化の遅れ等々各種の複合要因が考えられるが、このような地盤沈下を考えるときに今でも個人的に繰り返し思い浮かぶ光景がある。

今から20年位前、インドネシアジャカルタに工場があり定期的に頻度高く指導に通っていた。
当時はジャカルタへの直行便は少なく、日本からはバリ島のデンパサールへ寄ってからジャカルタへ行くのが常であった。

この為バリ島へ観光やレジャー目的で行く若者中心の多数客とジャカルタへのビジネス客少数が混在していた。
バリ島へ行く若い人々は時として傍若無人、自身の実力ではなくたまたま日本の円の価値が高いことに便乗しているような印象で、現地インドネシアの同世代若い人が国の厳しい環境に負けず刻苦精励している状況を工場で目の当たりにして、何れこのツケや反動が日本の若い人のこれからに降りかかるのではないかと思わされた。

日本の停滞の要因のひとつに、経済で世界の先頭に立った時期の慢心があったと思うのは私だけだろうか。

🔘八尾へ帰って玉ねぎを収穫してきた。長らく放置したこともあり今年は玉が小さい。近所にお裾分けした残り分を持ち帰った。