東日本大震災、福島第一原子力発電所の事故から10年の節目で、マスコミからは連日色々な記事や番組が発せられている。
そのなかで毎日新聞の「水説」というコラムで取り上げられている原発記事で、福井地裁の元裁判長の方が言われている、
「日本歴史上最大の危機は、先の大戦でもなく蒙古襲来でもましてや今のコロナ禍でもなく2011年3月15日だった」という内容には大きなインパクトを感じる。
併せて当時の現地責任者であった吉田昌郎所長の述懐
・4号機の使用済み燃料プールが干上がった状態で、水素爆発でかえって注水が可能になり、偶然工事用の水が流入して破局を免れた。
・ベント不能になった2号機では格納容器が大爆発する危機に直面しながら原因不明のまま圧力が下がった。
「東日本が壊滅に至らなかったのは奇跡の賜物」
この両者の言葉を重ねるとその時の危機の重大さが再び眼前に迫ってくる。
そんな折、定年までお世話になった会社の先輩から、参加されている神戸シルバー大学院研究報告として卒業論文「再生可能エネルギーと脱原発への道PartⅡ」資料が送られてきた。
原発事故を踏まえ、持続可能社会への転換に向けて脱原発と再生可能エネルギーへの転換を強く提言する内容であった。
高齢者で学びを目指す方たちのグループ研究のようだがその熱意には頭が下がる。
私自身の「原発の将来」に対する考え方は、正直なところ定まっておらず2つの意見の間で揺れ動いている。
・あれだけの事故を起こし将来も危険性が残ることは、被災者の心情からみても早期に全面撤退すべき。
・あれだけの事故から得られた技術的教訓を将来に生かすべき、原子力技術は日本の将来にとって必要。
それはそうとして、過去の後始末は避けて通れない課題だが
・廃炉作業
・大量に溜まった汚染水の処理
・使用済み核燃料処理
これらがなかなか前に進まない情報ばかりで、もどかしい想いは共有している。
◎近くの小学校から顔を覗かせる花、図鑑から見ると「ひめつるにちのちそう」だろうか?