ミチクサ先生・夏目漱石の俳句

日本経済新聞の最終面に作家・伊集院静さんの連載小説「ミチクサ先生」が載っており、毎日の経済やお金のニュースの終わりに、ホッと一息つける構成になっており、私も楽しみにしている。

普段からいろいろな道草が好きで、小説「道草」も書いた夏目漱石が主人公で、私は正岡子規との交友が随所に出てきてとても興味があるのだが、この事は別途後日に書きたいと思う。

この小説のなかで漱石が俳句を詠む場面が時々出てくる。
今週も始めての子供である長女が生まれた時に詠んだ俳句

「やすやすと海鼠(なまこ)の如き子を生めり」

が出てきて、漱石の妻付きの女中がその句が書かれた紙片を見て「自分の子供を海鼠呼ばわりは何事か!」と詰め寄る場面が面白かった。

この小説を読むまで、漱石が俳句を詠むことを知らずに来たが、この場面で興味が湧き、昔若い頃に買い揃えた岩波書店版の「漱石全集」をひっくり返し順に見ていくと、
第12巻が「初期の文章及詩歌俳句」となっており、そこに大量の俳句が掲載されている。
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問題の海鼠の句を探していくと[長女出生]の注釈付きで明治32年(1899)の箇所にその句は確かに有った。
それにしても始めての子供が生まれて、その子供を海鼠に例えているのは愛情の表現か?とても面白い。
我輩は猫である」や「坊っちゃん」に見られるユーモアの感覚が垣間見える。

同じ明治32年、漱石が熊本高等学校で教鞭を取っていた時期に詠まれた句[阿蘇の山中にて道を失ひ終日あらぬ方にさまよふニ句]と注釈がある。
「灰に濡れて立つや薄(すすき)と萩の中」
「行けど萩行けど薄の原広し」
ーーー道に迷った心細さが、阿蘇雄大さの中で際立つ。

◎鴨のつがい、もうそろそろ子鴨が出てきてもいい季節と思うが。
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