堺は境から

私の住んでいる大阪府はよく摂河泉(せっかせん)と呼ばれることがあるが面積は小さいながら旧国名、摂津(兵庫県の一部を含む)、河内、和泉3国が合わさって出来たもので、更に古い話を持ち出すと和泉は天平宝字元年(757)河内から分かれた国である。

この3国の境界は川や道が変遷しているため今となっては中々見分けがつきにくいが、ゴルフで私の所属するホームコースがある堺市がひとつのキーになる。

時代劇でよく泉州堺と言われるように堺の大半は和泉の国にあるが、もともと堺の名前は境から来ており、摂津国和泉国の境に、熊野詣での熊野古道に繋がる大阪の淀川河畔・八軒屋浜からスタートする熊野街道「境王子」があり、ここから堺の名前が起こったと伝わる。

更にこの近くは河内国との境界も東側から迫っており、今のJR線、南海線の駅がある三国ヶ丘という地名は摂、河、泉三国がこの地で交錯していることを表している。

ここ迄書いているうちに思い当たったのだが摂津の津、河内の河、和泉の泉、何れも水に関係している。
やはり大阪が水の都と言われる由縁だろう。この事は書きながら少し興味が湧いてきたので別に少し調べてみたい。

今日もゴルフで、パスポートが要らない国境を車で越えてきた。