盲亀浮木(もうきふぼく)

毎日の習慣で夕食が済むと自分のビデオデッキに向かい一日分のTV番組表を映して録画番組を予約する。
先日このルーチン作業をしていたらNHK総合TVで「盲亀浮木~人生に起こる小さな奇跡~」という不思議な30分の番組が目に止まり、おまけにタイ国放送局との共同制作とのことで興味を覚え録画して見ることにした。

「盲亀浮木」は元々仏教用語で、海底の盲目の亀が100年に1度水面に浮き上がる際、その時海面を漂う流木の一つの穴に偶然顔を入れる事の難しさを例えに、人間に生まれることや仏の教えに出会える有り難さを説いたものらしいが、、、、、

ドラマはタイの海岸沿いの街でタイ人作家が愛犬「クマ」とはぐれ、探し廻るも見つからず、街を去って都会に戻る途中で偶然「クマ」に再会する話で、タイの田舎を背景に淡々と描かれる。

画面に志賀直哉原作との表記がありドラマを視た翌日、若い時に買い揃えた志賀直哉全集を書棚から引っ張り出して第一巻から目次を当たっていくと第四巻に「盲亀浮木」が載っており偶然
起こったことを題材に「軽石」「モラエス」「クマ」の3小編があり、「クマ」は志賀直哉自身が飼っていた愛犬の名でその犬が突然居なくなり諦めていた頃、偶然見付かった話でここで漸くTVドラマと繋がった。
またこの話は単独でも短編「クマ」としてほぼ同じ内容で別に掲載されており著者の思い入れが深かったことがわかった。

たまたま出会った番組で6年近く暮らしたタイの風景に再会したり、若い時に買っておいた本を読み返すことになったり、これは少しだけだが私自身の「盲亀浮木」と言えるかもしれない。

然しなぜ日本とタイ共同で今どきこのような古い文学作品を引っ張り出して、地味な番組を制作するようになったのか不思議な気がする。まあその不思議こそ私にとっては、自身の小さな「盲亀浮木」を構成する要素の一つなのだが。