泉寿会ゴルフと美木多

今日はホームコースで70歳以上がプライベートで集まる「泉寿会」コンペに参加してきた。ウイルス騒ぎの中でも30名前後が集まった。予防のため表彰式と会食は中止で順位は後日の連絡、スコアは前半43、後半48のトータル91で90切り目標に2打オーバーで残念、課題を抱えて帰宅。
帰り道ローソンでワッフルとコーヒーで何時もの一休み。

このゴルフ場の近くに泉北高速鉄道の栂・美木多(とが・みきた)駅がある。明らかに2つの地名を併記しており、この駅の立地に関係する栂と美木多両地区の双方を納得させるための苦肉の策らしい。
処でこの美木多という珍しい地名だが、これは元々、和田(にきた→みきた)から来ており和泉国大鳥郡和田庄がルーツである。明治の町村制移行時に山が多く美しい木がある事を理由に美木多と改名したらしい。

この地を本貫とした和田(にきた)氏は鎌倉期に遡る和泉国(大阪府南部)でも有力な在地領主で、河内金剛寺摂関家の庄官を勤め、幕府御家人でもあった。
南北朝時代南朝方で活躍することが多く楠木正成一族とも関係があったとされ、太平記には、正成、正行親子が夫々討ち死にした際の郎党として和田姓が多く出てくる。
この和田氏一族に関わる古文書が多数、堺市博物館に「和田文書」として寄託されている。

10年以上前からこのゴルフ場で一緒にプレーして来て、今はゴルフを中断されている先輩の方が堺在住の和田(わだ)さんで元々この地の和田(にきた)氏にルーツがあると話されていた。

日本全国で古い由緒ある地名が見栄えのする現代風の名前に変わって行くが、ある面やむを得ないものの〈惜しい・残念〉だと思うのは私だけだろうか。