私達の中学3年生時は団塊世代で10組もあり多分450人前後いたと思われるが出席者は幹事さんによると55名とのことで出席率は12ー13%位、この数字は半世紀以上の時間経過の中で多いか少ないか?
写真撮影、宴会、カラオケと続いていく中でどうしても顔がわからない人が約半数位出て来て申し訳ない気がする。
大阪で顔を会わせている人は馴染みがあるが相手が私を知っているのにこちらは思い出せない最悪のケースもある。
そんな中で、いつ頃か図書館帰りに傘を借りて、その後家の人に返した事があり本人に礼を言えてなく、いつか会いたいと思っていた相手が来られており、その事を友人が知らせてくれたお陰で同席グループになって話が出来たのが嬉しい収穫のひとつ。
また、自分にあまり記憶のない当時の事を好意的に想い出として話してくれた人がいてこれも特別嬉しい出会いだった。
宴会の〆の校歌は不思議に歌詞を見ないでも唄える。
カラオケタイムで唄う人は皆さん年季が入っている感じでやはり上手い。私は大阪のメンバーと二人で竹内まりや「人生の扉」を唄ったが最初声が出ずあわてて相方に迷惑をかけた気がする。
大阪ラプソディーを唄った人は大阪に住んでいたとのこと、納得。
それにしてもこんな時間経過の中で同窓会を段取りする労苦は並大抵ではない、幹事の皆さんには大変感謝します。
よく落ち着いて考えてみると人間の集団が半世紀後にまた時間、空間を変えて出会う事が出来る、これこそ不思議な事かも知れない。
次回は大阪でという話も一部に出たようだが果たして5年後はどうだろうか。先ずは健康に気を付けて楽しみにしている。