熊谷直実にみる武士の苦しみ

私の故郷一帯を藩政期に治めていたのは厚狭毛利氏だが生まれた村に限定すれば当時毛利本家の家臣であった熊谷氏の給領地であった。

この熊谷氏の家を興したのが以前にも書いた熊谷直実であるがこの直実の評伝として  決定的なものが「熊谷直実・中世武士の生き方」高橋修吉川弘文館刊行  である。

源頼朝から「武士中の武士」といわれた直実は源平合戦の功名争いを生き抜き、所領  安堵等の実利や栄光を得るが後半生は挫折から出家を遂げて浄土宗の開祖法然の門を  叩く。

直実はその生い立ちにより叔父の代官としてしか扱われない差別や、儀式での役目に対する不満、所領争いでの敗訴等から鎌倉幕府から脱け出す事になるがその後の出家に至る心境にこれらの挫折と併せ、殺生という問題があると著者は解説する。

物語の世界に慣れてしまうと武士が戦場で闘うことは当たり前と思い勝ちだが武士の  内面を考えると殺人行為からくる堕地獄への恐怖、自己の救済への渇望があると思い至る。

武士というと、悩み事等とは無縁の勇壮さや華々しさが前面に出てくるがその裏面にある反人間的行為からくる心の苦しさを重く考えさせられる事例である。

因みに直実の法名は「蓮生・れんせい」だが、法然門下となった後のエピソードも色々語り継がれており京都国立博物館にある「法然上人絵伝」の内、巻27は「蓮生伝」に  充てられている。