ふるさと厚狭

「戦国武将三澤氏物語」④尼子・大内・毛利の狭間で

7月20日の続き 1470年頃には出雲国(いずものくに・島根県)の国人(こくじん・在地領主)のなかで中心となるような成長を遂げた三澤氏であるが、応仁元年(1467)の応仁の乱に始まる戦乱の時代は、数ヵ国を一元的に支配する戦国大名の争いの狭間で揺れ…

司馬遼太郎さんの随筆③「芸備(げいび)の道・安芸(あき)吉田」

司馬遼太郎さんの大作「街道をゆく」の第六巻に「芸備の道」がある。ここでの芸備とは旧国名の安芸国(あきのくに)と備後国(びんごのくに)を指し現在の広島県に当たる。 そのなかで司馬さんは毛利元就を生んだ高田郡吉田町(現在安芸高田市)へ向かうのだが、近…

故郷の美祢(みね)線の豪雨被害/頑張れ美祢線

山口県在住の中学同級生から故郷のシンボルのひとつでもあるJR美祢線の、梅雨の大雨被害の写真を送って貰った。6月30日からの豪雨で現在全線不通、復旧の目処が立っていない。 美祢線は私の故郷のJR山陽線・厚狭駅から日本海側のJR山陰線・長門市駅を結ん…

「語り継ぐこの国のかたち」①

半藤一利著「語り継ぐこの国のかたち」大和書房 刊を読み終えた。 半藤さんは「文藝春秋」の編集長を勤めたジャーナリスト出身だが、むしろ昭和史研究家や「ノモンハンの夏」「日本のいちばん長い日」などのノンフィクション作家としての顔が著名かも知れな…

「戦国武将 三澤氏物語」③たたら製鉄

たたら製鉄は砂鉄と木炭を原料にして粘土製の炉のなかで高温燃焼させ鉄を取り出すもので、古墳時代には大陸から日本に伝来していたといわれ、近代初期までは盛んに行われていた。たたらとは炉に空気を強制的に送り込む大型の「ふいご」のことである。 ジブリ…

下関攘夷戦争と「陥穽(かんせい)」

孝明天皇の強い意向を受け徳川幕府十四代将軍・家茂は外国船を打ち払う攘夷実行期日を文久3年(1863)5月10日と奉答、布告した。 当時これを実行出来るとは誰も思ってないなか、唯一長州藩では当日関門海峡を通過する外国船を砲撃、下関攘夷戦争の始ま…

戦国武将 三澤氏物語②三澤氏の誕生

7月7日の続き 三澤氏の出自は信濃国(しなののくに・長野県)で、木曽義仲をルーツとする説もあるらしいが、現在では同国伊那谷(いなだに)に居住していた清和源氏を祖とする飯島氏とされている。 承久(じょうきゅう)3年(1221)後鳥羽上皇と鎌倉幕府・北…

「恋・酒・放浪の山頭火」

石寒太(いしかんた)著「恋・酒・放浪の山頭火」徳間書店 刊を読み終えた。 よく知られているように山頭火は山口県出身の俳人で俳句の初心者である私にとっては同郷の大先輩であり以前にも関連する本でこのブログに書いたことがある。 山頭火の酒と放浪につい…

山陽町史⑤厚狭の庄(荘)園

今まで書いて来たように「大化の改新」以来、国は「班田収授の法」などを通じ公地公民化を進めたが、6年ごとに土地は収公され戸籍により農地が再分配されるために期限が近づくと農地が荒廃したり、人口の増加に対して公田が不足するような事態に直面した。 …

司馬遼太郎さんの随筆①毛利の秘密儀式

司馬遼太郎さんが書かれた随筆を読み返していくと懐かしく面白いものに色々と突き当たるがこれもそのひとつである。 「毛利の秘密儀式」と題したそれは昭和39年の読売新聞に掲載されたもので、毛利家が関ヶ原の戦いで戦わずして負け中国地方の太守から周防…

「上皇の日本史」②ふるさとの領主・熊谷氏の所領争い

6月11日の続き、 日本特有の制度であった天皇を退位した上皇が行う「院政」のあれこれを解き起こす「上皇の日本史」では、史料を読み解いてその政治の内容や判断が比較的お粗末なもので上皇の政治の限界が見えていることを指摘している。 このことを裏付…

山陽町史④厚狭ののろし台

現代のような通信手段が無い古い時代は、煙の上げかたやその色によって通信連絡することは世界各地の共通手段であった。 例えば中国・山東半島に煙台(えんだい・烟台)という地名があるが、この起こりは倭寇(わこう・大陸沿岸を荒らした海賊集団)襲撃の際に警…

新選組と長州

このブログを中断していた間、色々な本を読んでいたが、司馬遼太郎さんの新選組小説「燃えよ剣」「新選組血風録」もこの間に読み返した。 幕末を駆け抜けた剣客集団・新選組の行動を振り返って見ると今さらながらではあるが、私のふるさと長州との戦いの歴史…

山陽町史③古代・厚狭の駅家(うまや)

大化の改新では全国を畿内と七道(東海道、東山道、北陸道、山陽道、山陰道、南海道、西海道)に分け周防国・長門国は山陽道に属した。また七道は都と各国府とを連絡する道の意味もあり30里(現在の約4里16km)ごとに伝馬を置きその宿駅を駅家といった。 特…

「俳禅一味の山頭火」

「分け入っても分け入っても青い山」「うしろすがたのしぐれてゆくか」など自由律ながら妙に心に残る句を詠んだ種田山頭火は私と同じ山口県の出身である。 先日このブログで金子みすゞについて触れた際、近代以降の山口県の文人三人として金子みすゞ、中原中…

山陽町史②古代・条里制のなかの厚狭

大化の改新(645)により全国の土地人民は豪族の私有から国家の所有・公地公民となった。公民は男女6歳になると一定の公田が給され(例えば良民男子は2反)6年毎に戸籍を改めて公平を期した。これを班田收授法と呼ぶ。 この班田收授を効率的に実施していく…

山陽町史①古代・国郡制のなかの厚狭

中大兄皇子と中臣鎌足等による蘇我氏打倒を契機にした「大化の改新」は元号の使用に始まる国家の骨格を定める改革を順次行う。 大化2年(646)孝徳天皇は改新の詔(みことのり)を発し、これまでの国造(くにのみやつこ)制を改め全国を国・郡・里(り)の行政区…

「厚狭毛利家代官所日記」の終わりと「山陽町史」

このブログを始めたきっかけは身辺雑記と共に故郷・山口県厚狭の歴史を書いておこうと思ったことにある。 途中、江戸時代厚狭一円を領していた、萩毛利本家の一門である厚狭毛利家の民政記録である「厚狭毛利家代官所日記」を入手し、これは厚狭の歴史を知る…

金子みすゞと山口県の風土

先日4月28日のこのブログで書いた「金子みすゞ・魂の詩人」には著名な二人の方が金子みすゞとみすゞのふるさと山口県の風土の関係について述べられている。 ①児童文学家・矢崎節夫さんは埋もれていた金子みすゞを世に出した人として有名だが、その矢崎さ…

下関の歴史絵図/長州藩越荷方(こしにかた)のことなど

山口県下関市立歴史博物館では現在「タイムスリップ!~絵図・地図に描かれた昔日の下関」と題した企画展が開催されている。 ホームページを見ると下関(江戸時代は赤間関)に遺る、江戸時代から近代にかけての絵図や地図を展示して昔日の様子や街並みの変遷を…

「金子みすゞ・魂の詩人」

NHKEテレに「100分de名著」という番組があり、先日「金子みすゞ詩集」が本来25分刻みで4回に分けたものを100分連続で一挙に再放送された。 この放送がされていることを中学同級生のグループLINEで連絡があり、放送後も同郷の詩人として話が盛り上がっ…

神戸の歴史④応仁の乱と防長の雄・大内氏

4月6日の続き 西国から上って来る軍勢が兵庫神戸で戦うことになるケースの最後は私の郷里にも関係する大内氏の「応仁の乱」にまつわる戦いである。 室町三代将軍・足利義満に始まる勘合貿易・対明(みん)貿易は「応仁の乱」当時まで兵庫湊が中心であった。 …

朝ドラ「らんまん」と郷校(きょうこう)

植物学者・牧野富太郎博士をモデルにしたNHKの朝ドラ「らんまん」が始まっている。現在主人公の万太郎の少年時代が進行中で、生家一帯の領主が設けた郷校に平民の子弟ながら通うことになり大きな刺激を受ける。 牧野富太郎が生まれた土佐(高知県)佐川の給領…

厚狭毛利家代官所日記No59慶応3年(1867)⑦隠し田の摘発

これまで書いてきたようにこの時期の厚狭毛利家では財政が逼迫、色々な打開策を打ち出しているがこれもその一つである。 7月5日の記録を現代文に直す 『年貢の付加されていない田畑を所持するものがままあることを聞く、これは不毛の地を開き屋敷地または…

「逆転大名 関ヶ原からの復活」

河合敦著「逆転大名 関ヶ原からの復活」祥伝社刊を読み終えた。著者は最近NHKの番組「歴史探偵」でも解説役で出演されている歴史研究家である。 徳川幕府への道を開いた天下分け目の「関ヶ原の戦い」は戦後、各地の大名家が所領没収、削減、加増、安堵など悲…

厚狭毛利家代官所日記No58慶応3年(1867)⑥頼母子(たのもし)講

頼母子という変わった言葉がすんなり耳に入って来るのは私も含めてそれなりの年齢以上の人かもしれない。 この頃の厚狭毛利家では下関攘夷戦争、長州藩内戦、四境戦争と打ち続く戦乱で出費が重なり種々の金策に奔走している。 4月の記録にその一環で厚狭市(…

桜・さくら・サクラ

昨年5月に現在地に越してきて、隣接する健康公園の桜並木を見て桜が咲く頃になるとさぞかし綺麗だろうと思ってきた。 待っていたその染井吉野(ソメイヨシノ)がようやく見頃を迎え幾つか写真を撮ってきた。 【過ぎし日と現在(いま)を重ねて桜咲く】 施設の屋…

厚狭毛利家代官所日記No56慶応3年(1867)盗難事件始末

8月18日から29日までの記録の要約 領内船木の吉見屋与七の養子・吉次郎は腰物商(刀剣、印籠、巾着など腰に着けるものを商う)を営んでいたが、生活に困り懇意にしていた有帆村の商家とお寺に夜間盗みに入り以下の物を持ち出した。 ・寺の分~蚊帳、衣服…

故郷での歴史講演会と企画展

昨日は墓参りで帰った故郷で、山陽小野田市歴史民俗資料館主催の郷土史関係の企画展とそれに関連した講演会があり、企画展の対象にゆかりがある山口県在住の同級生と共に参加してきた。 歴史民俗資料館 企画展は以前私のブログでもふれたことがあるが、江戸…

故郷に墓参り

昨日から3年ぶりとなる墓参りで故郷の山口県厚狭に帰っている。実はこの帰省には別の行事に参加する目的もありその事は別に書くことにする。 神戸に引っ越して初めての帰省なので要領がわからず新神戸、西明石のどちらから乗車するか迷ったが神戸線経由で西…