6月12日のこの日記に、幕末の開明的な幕臣のひとり川路聖謨が、幕末のロシア使節プチャーチンの長崎来航に伴い、応接掛として江戸から長崎に下向途中に、ふるさと厚狭の隣町・船木に泊まった記録がある事を書いた。色々調べて見ると川路聖謨のこの長崎日…
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